音楽の楽しさ伝えたい~難病乗り越え作詞作曲、ストリートピアノに込める思いとは (埼玉高速鉄道埼玉スタジアム線「浦和美園」駅)
「美園ふれあいピアノ」の会 鈴木宏子名誉会長インタビュー
誰もが自由に演奏できるピアノをまちなかなどの公共の場に設置し、音楽で人と人、地域をつなげる取組みとしても話題の「ストリートピアノ」。日本では2011年に初めて鹿児島県鹿児島市の商店街に設置されたという「ストリートピアノ」は、その後全国各地で設置が進み、ピアノを演奏する様子をSNSに投稿した演奏者がテレビ番組に出演するなどし、人気となっています。美園地区においても、浦和美園駅改札前にアップライトピアノが設置され、どなたでも気軽にピアノに触れることができます。
実は美園のこのピアノ、市民の方からの寄贈を受け「さいたまの街にストリートピアノを設置する会」が2019年6月から設置していたものを、設置期限を迎えた2022年、埼玉高速鉄道株式会社をはじめとする多くの方々のご協力により、新しく「美園ふれあいピアノ」と名称を変え、継続設置をしているものなのです。
今回は、この美園のストリートピアノの設置の立役者でいらっしゃる「美園ふれあいピアノ」の会 名誉会長の鈴木宏子先生にお話を伺いました。
―そもそも、なぜストリートピアノを設置しようと考えられたのですか。
長年教育の現場に身を置く中で、「学校の音楽の授業は嫌い、面白くない」という子どもを何人も見てきました。場や環境さえつくってあげれば、自然と子どもも大人も音楽を楽しむことができる、というのは、経験からわかっていることでもありましたので、とりわけそうした子どもたちに、音楽はもっと「気楽で楽しいもの」と伝えたいという思いがあり、音楽を生活の一部とする「生活化」を実現したいと考え、活動を始めました。
ストリートピアノがあることで、音楽が身近なまち、すなわち文化の薫るまちとしての魅力も高まるのではないでしょうか。実際に、ストリートピアノが設置されている英国のどこかのまちでは、住民が「このまちは全員が音楽家」とコメントする様子もメディアで見たことがあります。
―どういう経緯で浦和美園駅にピアノを設置することになったのでしょうか。
市民の方から寄贈されたピアノを設置する場所を探し東奔西走する中で、2019年にオリンピック・パラリンピック関係者のお声がけで埼玉高速鉄道株式会社の方とお話する機会があり、「電子ピアノでもいいから設置したかった」という嬉しい偶然から、浦和美園駅で設置場所を提供していただくことになりました。設置場所が見つかってからも、楽しんでくださる方の安全を守るためにも、ストリートピアノを対象とした保険を探すも見つからないなど苦労しましたが、なんとか設置にこぎつけました。当初は3カ月の期間限定だった設置期間も、オープンコンサート、夏休み子どもコンサート、オータムコンサートとイベントを重ね、徐々に地域の方にも浸透し大盛況をいただくことで、延長が決まりました。この美園のストリートピアノをテーマにした作詞作曲を行うほか、その後のコロナ禍においても、ソーシャルディスタンスコンサート、コロナに負けないでコンサート、クリスマスやスプリングコンサートと、感染症対策を施しながらピアノを囲み交流の機会を設けてきました。
―ピアノを設置して、演奏される方の反応などはいかがでしたか。
吹き抜けになっている浦和美園駅構内で、まるで教会のようにステンドグラスの前に設置されたストリートピアノということで、地域の方々はもちろん、ストリートピアノ愛好家の皆さんにも親しんでいただいているようです。ストリートピアノを演奏してまわっていらっしゃるある演奏家の方とお話した際には、ストリートピアノが数多設置されている関東の中でも、音色(おんしょく)も環境も「三指に入る」とお墨付きをいただきました。
スポーツのまちを象徴するかのような「キャプテン翼」のステンドグラスの前に設置された「美園ふれあいピアノ」は、美園のまちの魅力の一つであるスポーツと、音楽・文化の融合を体現しているようにも思えます。
―「美園ふれあいピアノ」の管理はどのようにされていますか。
設置しているのは4~50年前のピアノですから、メンテナンスも大変です。定期的なメンテナンスは、小林ファクトリーさんにご協力いただいています。ピアノは生きていますので、毎日、たくさんの方に演奏していただくことで、ピアノ自身も喜んでいるのではないでしょうか。「美園ふれあいピアノ」でドビュッシーのアラベスクを演奏された愛好家の方が、「まるでハープのよう」とコメントしていたことも印象に残っています。
また、設置にご協力いただくだけでなく、埼玉高速鉄道株式会社の皆さんが毎日感染症対策も含め、ピアノの拭き上げをしてくださっています。寄贈されたピアノは、ご家族の大事な思い出が詰まっています。現在の体制は、地域に根付いたピアノとしてしっかりと管理され、安心してお任せできています。
他にも、ピアノのディスプレイは、私自身が心を込めて季節ごとに変えているのですが、ピアノに向かってその作業をしていると、どこからともなく「鈴木さんですか」と声をかけてくださる方が現れ、いつの間にかこの活動に協力してくださることも多いのです。実は2022年12月開催の「美園ふれあいコンサート」のチラシも、2021年のコンサートのチラシも、そうしたご縁で作っていただいたものです。
ピアノを中心に、こうしたふれあいや交流が広がり、絆につながっていくのを感じます。
―名称変更した「美園ふれあいピアノ」に込める思いをお聞かせください。
「美園ふれあいピアノ」の会の前身の「さいたまの街にストリートピアノを設置する会」のメンバーが自分も含め徐々に高齢になり、世代交代を考えていた中で、今回ご縁があり、「美園ふれあいピアノ」の会として、新しく出発することができました。「美園ふれあいピアノ」は、このピアノが美園でもっともっとふれあいや交流を生んでいってほしいという願いをこめて名付けました。新しい体制でスタートして初めてのイベントである2022年12月に開催するコンサートを「クリスマスコンサート」ではなく「美園ふれあいコンサート」と名付けたのも、実はそうした思いがあったためです。
―最後に、これからの目標など教えていただけますか。
音楽は人間そのものを豊かにしてくれる、人間づくりに関わるものだと思っています。活動をしていると、独りぼっちのように思えても、実はたくさんの方に支えられていることをひしひしと感じます。
教職員時代に左目の難病にかかり二年間の休職を余儀なくされましたが、挫折感や抑鬱状態を乗り越え、復職する際に教え子たちに贈ろうと作った「明日に向かって」という曲は、その後小学五年生の音楽の教科書(教育芸術社)に採用されました。多くの方の励ましや支えがあって、休職期間中に作成していた絵手紙が音楽紙芝居など、今の活動につながっています。
私の年齢やプライベートを心配して「そんなことをしている場合ではないのでは」と言ってくださる方もいますが、これからも生涯現役を目指し、自分のできることを続けていきたいです。
絆をもたらしてくれたストリートピアノについてのこの経験を、書籍化したいとも考えています。
チャーミングな笑顔と明るい声で、大変なご苦労だったのではと思えることも朗らかに語る鈴木さん。そのお人柄が、たくさんの方が応援に集まる最大の魅力なのかもしれません。「美園ふれあいピアノ」は、設置背面のステンドグラスから昼間は明るい陽射しがもれる中、暗くなってからは温かみのある明かりにステンドグラスが照らし出される中、誰でも思いきり演奏することができます。その柔らかな光が、鈴木さんの笑顔とふと重なったように思えました。
響きのよい音色だけでなく、定期的なメンテナンスに加え、季節の花々やハロウィン、クリスマスといった、時期ごとに変わるピアノの飾り付けも、訪れる皆さんの目を楽しませてくれる「美園ふれあいピアノ」。
通りがかった方がピアノを弾き、それをまた通りがかった方が聴く。小さいお子さんが初めてピアノに触れるきっかけにもなるかもしれません(クッションは設置していますが、指挟みには気を付けて!)。ピアノの演奏を耳にした方が、足をとめて会話が生まれることも。
ピアノを通じ、音楽が流れ、出会いやふれあいがあり、絆を育む美園の「ストリートピアノ」。これからも「美園ふれあいピアノ」として地域で愛され、多くの方に弾いていただき、素敵な音色を響かせてくれることでしょう。
皆さま、ぜひお気軽に足をお運びください。
■「美園ふれあいピアノ」設置概要
設置場所:埼玉高速鉄道埼玉スタジアム線「浦和美園」駅(改札前コンコース)
演奏可能時間:8:00~20:00(2022年11月時点)
設置ピアノ:アップライトピアノ カワイ BL-12
設置主体:「美園ふれあいピアノ」の会
■インタビュー:2022年11月16日実施