【第3回】浦和美園の郷土探訪(浦和東部第一地区)

2023.02.02みそのVOICE出かける

2000(平成12)年に開発が開始され、計画では2025(令和7)年が完了となっている「みそのウイングシテイ」。平成と言う時代の大規模開発でしたが、全てが新しいものに変わってしまったのでしょうか。時代を2つさかのぼった昭和以前のものがこの街にどれだけ残っているのかを実際に街を歩いて調べてみるこの企画。今回は、開発地区ごとにわけた全3回シリーズの、最終回となる第3回をお届けします。

第3回目は「浦和東部第一地区

今回は埼玉スタジアムや埼玉高速鉄道の車両基地、浦和美園駅の西に位置しUDCMiが含まれた地区です。今回も南からお伝えします。

浦和美園駅西口を西に5分程行った斜面林の手前に下野田稲荷神社の祠があります。境内には道標を兼ねた庚申塔があり天保5年と刻印されています。北は岩槻、東は越谷、南は鳩ヶ谷とあり何故かすべて二里となっていました。そしてここは足立郡下野田村だったことが記されていました。

下野田稲荷神社
境内の庚申塔

駅徒歩5分に武蔵国八十八箇所縁のものを発見

浦和駅美園駅近くに戻った所に圓徳寺があります。本堂や観音堂の築造年は確認できないものの、昭和以前のものと思われます。入口には折れたものを繋がれた庚申塔らしきものがあります。隣の墓地に行くと、武蔵国八十八か所霊場46番と新秩父三十四か所霊場3番であると刻印された石碑が奥にあります。

圓徳寺
圓徳寺入口に設置された庚申塔らしきもの
武蔵国八十八箇所霊場四十六番と新秩父三十四箇所霊場三番であると刻印された石碑
石碑向かって左横に設置された、三猿や鶏などもはっきり確認できる庚申塔

北に進むと武州鉄道に関するあるものが。

緑区中野田の浦和料金所近くには重殿山明照寺があり、創建者の春日氏一族の墓がさいたま市有形文化財に指定されています。
その横には「ふるさとの森」や児童公園があり、更に奥にさいたま市有形文化財になっている重殿社本殿が鎮座していました。

重殿山明照寺の春日氏一族の墓
さいたま市有形文化財になっている重殿社本殿
重殿社「ふるさとの森」い設置された庚申塔

入口付近に今は廃線になっている武州鉄道野田駅の停車場道路工事記念碑(1929年昭和4年建立)があり、裏面には消えゆく貴重な鉄道遺構とあります。武州鉄道の遺構と言えば伝右川の橋脚跡があったのですが残念ながら本開発でなくなってしまいました。

武州鉄道野田駅の停車場道路工事記念碑

浅間山の噴火によりもたらされたもの(伝)

明照寺から少し北側に中野田不動堂がポツリと存在しており、本堂(1786年天明6年建立)はさいたま市有形文化財になっていました。円柱形の柱が特徴的です。

浅間山の噴火で逃れてきた大工が建立したとの言い伝えがある中野田不動堂

今回は「浦和東部第一地区」を散策しましたが、いかがでしたか。
参考まで、これまで紹介した社寺等の詳しい写真やうんちく話等の確認はインターネットサイトでも確認できますので、石仏や庚申塔などを調べてから行く方が見逃しもなく、写真からのイメージと実物の差等の趣があると思います。

全3回でご紹介したこのルートは、全長約8km(約2時間)のコースになります。
開発が進む中にも、しっかりと歴史を感じさせるものが息づく美園。遺跡の発掘などもあちこちでされています。コース途中にはベンチなども設置されていますので、ぜひ皆さんも、散歩がてらにまちをめぐってみてはいかがでしょうか。

宮崎道雄
宮崎道雄
私が紹介しました!
普段は川口市の家具工房で再生修理をしています。そして、年に数回は子どもたちとものづくりをすることも。現在は東川口に住んでいるので、外から見た美園を発信していきます。
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